高校教員有志による高卒就職問題の研究会「TransactorLabo」(代表‧石井俊教諭)による公開求人の分析企画【求人票を読み解く】。今回は急速に導入が進む民間企業の求人票データベース化サービスについて考えます。

寄稿=石井俊(TransactorLabo代表)

民間企業による求人票のデータベース化

高卒就職の世界にひとつの大きな変化が起きつつあります。あるベンチャー企業が提供する求人票データベース化サービスを導入する高校が急速に増加したことです。大量の紙の求人票の処理に関する教職員の労働負担は高卒就職問題の主要なテーマのひとつであり、このことで長い間苦労をしてきた就職支援現場を救うものとして私たちも大いに期待しております。(本来ならば具体的名称を明らかにしたいところですが、立場上、特定の営利団体に対する宣伝行為にあたる可能性があるため、控えます)

学校側の金銭的負担はなく、このサービスを導入すれば、生徒の求人票選びの効率は格段に上がりますし、何よりも先生たちの労働負担を劇的に減らすことができます。その分、浮いた時間とエネルギーを別に向けることが可能になるため、金銭的なコスト軽減だけでなく教育的効果も大きいことから、導入のメリットは極めて大きいでしょう。現行の求人情報提供システムがそれだけの損失を日本社会に垂れ流し続けているということにもなるのですが……。

このサービスが急速に普及するのも当然の流れです。しかしながら、高卒就職問題を広い視野から捉えて考えた場合、このサービスの普及にはいくつかの懸念が浮かび上がってきます。今回は、そのことについて述べたいと思います。

高卒就職問題の根本とは何か?

まず高卒就職問題とは何かを概観しましょう。

全ての高卒就職問題の弊害による悪影響が及ぶ範囲は、単に高卒就職や高校教育の世界にとどまらず、我が国の経済全体、ひいては少子化・人口減少・地方再生など、国の将来を左右するところまで及ぶと私たちは考えています。

様々な要素がありますが、全ては日程や申し合わせ事項などの制度的枠組みを地盤とした求人情報の流れ、及び、その結果として生じています。

【制度的枠組み】
タイトなスケジュール。最低賃金決定と求人票の受付・公開日との関連。学校長推薦必須要項と複数応募制の矛盾。実質一人一社。求人情報の閉鎖性、秘匿性。強い最低賃金法の影響力。

【求人情報の形式と流れの形】
紙ベースの提供システム。アクセス権教員限定。教員の労働負担。生徒の閲覧の不便。

【求人事業者側への相場情報の欠乏】
低水準の求人票が多すぎる。超売り手市場にもかかわらず求人側の意向や事情が強く働くモノプソニー状態。市場機能の不全。

【早期離職率の高さ】
平均35%。飲食宿泊、小売など、産業種によっては60%にものぼること。

このように問題山積みです。なかでも最も重大な問題は、超売り手市場が続いているのに賃金平均は相変わらず最低賃金より少しいい程度で推移していることです。この現象は、雇用主側の待遇設定が最低賃金と事業者側の意向や事情が優先されやすい状態が続いているということであり、求人倍率が3倍に届くほどの超売り手市場であるにも関わらず、雇用側の意向が強いという、「おかしなモノプソニーの状態」であると言えます。こんな状態をいつまでも放置してはいけません。

原因と解決方法は単純明解。高卒求人の待遇相場情報を一般に公開するだけでよいのです。それは若者への投資競争を活性化させます。日本経済新聞も指摘しています。

「高卒初任給、最低賃金の近辺 厚労省は求人情報の公開を」(日経電子版2022年7月21日)

高卒就職情報WEB提供サービスのあり方を改善したり、新しいシステムを構築するのもよいでしょう。とにかく、高卒就職市場の不健全な状態を正すには関係三者(求職者・仲介者・求人者)間の情報不均衡を解消する必要があります。これは政府が責任を持って早急に進めるべきことではないでしょうか。

対症療法に過ぎず、根本的な問題解決にならない

求人票データベース化サービスの導入は求人票処理にかかる先生たちの負担を大幅に軽減してくれます。生徒たちの求人票選びの効率もぐっと上がるでしょうし、短い期間に多数からじっくり選べるようになることからミスマッチや早期離職の減少も期待できます。それは本当に良いことではありますが、しかし、それで高卒就職問題が解決できるかというと、おそらくそうはならないと言わざるをえません。

前段で説明したとおり、高卒就職問題の根本は求人情報の形式と流れの形、および相場情報が事業者側に流れていないことにあります。ここに手を入れないことには問題は改善しません。

例えば、先生たちが大変なのは求人情報が紙ベースであることと、低水準の求人票が多すぎるからです。民間サービスを導入すれば処理自体は楽になりますが、対症療法に過ぎず、根本的な問題解決は期待できません。求人事業者に相場情報が流れて競争が活発化し、賃金待遇向上を促すような効果も薄いでしょう。

まず、そもそも求人情報提供サービスの質の向上は厚生労働省の責任です。これだけネットが発達し、個人情報端末が普及したにも関わらず、20年以上昔の設計のシステムを使わせ続けていること自体、怠慢と言うべきですが、一方、私たち現場サイドの要求が弱かったこともまた事実だと思います

学校側が楽になるだけで、問題解決が遠のく恐れ

民間のデータ化サービスを導入すれば学校側の求人情報に関する環境はぐっと良くなります。しかし、それは求人事業者との相場観のギャップをさらに広げることになるのではないでしょうか。また、先生たちの仕事が楽になることでガス抜きが生じて、厚労省への改善要求の熱が冷めてしまう心配もあります。そうすると市場は変わらず不健全なまま、低水準の求人票はあふれ続け、高卒賃金は最低賃金付近で推移する状況が続くことになります。それは避けたい。

私たちはこの民間データ化サービスを批判しているのではなく、むしろもっと広がってほしいと考えています。ただし、それはあくまで対症療法であって、導入して楽になったからいいやで済ませるべきではありません。同サービスの広がりは現行システムに対する現場サイドの不満と改善要求の高まりと同じなのだということを教育委員会や文科省、そして厚労省に伝えることも必要だとご理解いただきたいのであります。