夜間定時制高校に勤めて20年。卒業にさえたどり着けなかった状況から、就職率100%にまで持ち上げた。現在は川崎市立高津高校定時制の進路指導主任として活躍する松本智春教諭に話を聞いた。

一年も経たないうちに半分が中退する

川崎市立川崎高校定時制(神奈川県)に14年勤務した後、2017年度から川崎市立高津高校定時制に異動し、夜間定時制で20年間、働いています。働きながら学ぶことを前提とする勤労青年のための学びの場、そして、生涯学習の場としての役割が強かった夜間定時制高校ですが、前任校に着任した20年前の時点で、各学年に50~60人いましたが、すでにご高齢の方は2、3人程度でした。現在より過年度生は多かったですが、夜間定時制の生徒の顔ぶれは変わっていました。

いわゆる、やんちゃなタイプの生徒が3分の1ほど、残りは全日制の学校を希望していたのだけど、成績不良で不本意に進学してきた生徒が中心でした。夜間定時制高校の人気は低く、定員割れが続いている状況でした。リーマン・ショック時に景気が急速に後退し、一時的に人気が復活しましたが、近年は不登校経験者や外国にルーツを持つ生徒が増え、全日制のように昼間に登校したいという生徒が増えています。前任校の夜間部ではこの数年、倍率は0.5倍を切り、定員割れが続き、2021年度から夜間部の生徒募集を停止。昼間部を拡大しています。

 

川崎市立高津高校定時制の松本智春・進路指導主任

 

生徒の進路指導に関わるようになったのは、前任校に入ってすぐの頃でした。前任校の前は中学校の教員をしていました。

「先生、定時制に行って就職して、メシおごるよ」

卒業式のとき、やんちゃだった生徒がかけてくれるそんな言葉を頼もしく思っていましたが、彼らのその後にまで気をかける余力はありませんでした。

ただ、定時制高校で働き始め、現実を知ります。当時は退学率がとても高く、1年生で半分、2年生でまたその半分が中退していく状況で、卒業するのは一学年50から60人のうち、10人前後といった状況でした。

前任校に働き始めた当初、担任していたクラスの生徒が「辞める」と言い始めました。いわゆるヤンキー系の女の子です。私が「何で?」と尋ねると、彼女はこう言いました。

「こんな学校を卒業して、どうするの?」

この一言が、私が進路指導に情熱をかけるようになった原点です。卒業後の進路に希望が持てないから、中退していくんだと、ショックを受けました。

いまだ強い勤労青年の場としてのイメージ

とはいえ、当時、夜間部に進路指導室はなく、どうやって進路開拓をすればいいのか、何もわからない状況でした。生徒が新聞の折り込みチラシを持ってきて、「先生、この会社どう?」と聞かれるような状況です。

当時、野球部の顧問をしていたのですが、対戦校の先生に話を聞いたりするなかで、定時制にも独自の進路指導室があり、新卒高校生に向けた求人票があることを知りました。

まず、私が取り組んだのは、全日制の進路指導室に行くことです。そこで「大学・専門学校・企業の皆さま、定時制にもお立ち寄りください」と書いたポスターを掲示してもらいました。それが2008年頃の話です。

その後、前任校には新校舎になった2014年に定時制の独立した進路指導室ができますが、ポスター掲示後、学校関係者を中心に定時制の職員室に訪れてくれるようになりました。

ただ、今でこそ修学支援新制度がありますが、生徒の家庭の経済状況を考えると、進路は就職が基本路線でした。川崎市内の製造業の会社を中心に、自ら求人票をもらいに行きました。そこで、知らなかった現実を知ることになります。

「定時制ってあったんですね」

そもそも、知られていなかったという声もありましたが、多かったのはこんな声です。

「定時制の生徒って就職するの? みんなもう働いているんじゃないの?」

昼間は働き、夜間に勉強をする――そんな勤労青年の場としての定時制のイメージが、まだまだ強かったのです。現在でも、そんなイメージを持ったままの企業の関係者と会うことは少なくありません。

そこで、定時制高校の魅力をまとめた資料を作成し、企業訪問をするようになりました。その魅力とは、生徒の大半にアルバイト経験があり、就業意識が高く、即戦力として迎えられる。定時制は4年制で、バイクや車の免許をすでに持っている生徒が多い。

地域で子どもを育てる

ただ、自分一人で企業訪問するには、生徒が希望する職種すべての求人票をカバーできません。地元のハローワーク主催のイベントに顔を出しましたが、工場地帯という地域柄、求人の職種に偏りがあります。

そこで目をつけたのが、東京都内のハローワークが主催するイベントです。そこには、川崎に就業場所がある企業がたくさん参加していましたが、都内の高校生が川崎市で就職することはまずありません。

これが、当たりました。川崎市内での就職を希望する当校の生徒に向け、都内の企業から求人票が送られてくるようになったのです。当校の生徒の就職率は100%になり、着任当時は10名前後だった卒業生が、私が1年から担任した生徒は54人が卒業をしました。進路に希望を与えることで、中退が大きく減ったのです。

先述の通り、現在は高津高校定時制に異動し、進路指導を担当しています。前任校から企業訪問をするなどした結果、地域の皆様との繋がりができました。2017年には「すべての子どもたちの課題や困難にも向き合いながら、夢や希望をすべて受けとめる「かわさき」をつくりたい」という目標の下に、地元企業経営者などで組織する「TEAM NETSUGEN」を設立。

 

TEAM NETSUGENのホームページはコチラ

 

3年生の夏休みにインターンシップをしたり、社会人を招いたりして職業講話を聴く「暫定的進路決定プログラム」を行っておりますが、呼べない職種はないと言えるほど、繋がりが広がっています。地域で子どもたちを育てるという思いに、多く人が共感してくれています。(談)

※本記事は「高卒進路」2023新春号の掲載記事です