元高校教員の立場から、教育困難校の実態を詳細に描いた『ルポ教育困難校』(朝日新書)は大手メディアも取り上げるなど、注目を浴びた。昨年11月に新刊『進路格差』(同)を上梓した教育ジャーナリストの朝比奈なをさんに、新刊の執筆動機と修学支援新制度について話を聞いた。
構成=澤田晃宏(編集部)
教育困難校の実態に関心を持つ人が少ない
――新刊の執筆動機は?
教育困難校の実態に関心を持つ人が少なく、主要メディアも話題にしません。誰も発信しない状況が続くと、格差が固定され、大変な状況下にある人への支援が忘れ去られてしまいます。そんな危機感から筆を執り続けています。高等学校の先生方、若者の貧困に関心がある人などに読んで頂きたいです。
――新刊のタイトルは『進路格差』。前作と違い、教育困難校の「進路」がテーマになっています。
一言に大学と言っても、そのレベルは様々です。基礎学力が不足し、学習意欲の低い学生が多数入学し、教職員がどれだけ努力をしても教育活動が功を奏さない状況になる。このような大学を「教育困難大学」と呼んでいますが、私自身、そんな大学の教壇に立つ一人です。
総合型選抜(以前のAO入試)や学校推薦型選抜で入学する学生が大半です。受験という壁を乗り越えてきたわけでもなく、進学の動機が弱い。主体的な学びの姿勢が欠落しています。
高卒と変わらぬ就職先
――それでも、彼らの将来に有益で、貧困の連鎖を断ち切る進路選択になるのでしょうか。
最近、新卒高校生だけではなく、新卒大学生の採用を始めた首都圏の中小企業の経営者と話す機会がありました。有名大学からの応募はないものの、大学生からの応募はあったようです。真顔でこう聞かれました。
「就職試験の得点が、高卒と大卒でほとんど変わらない。高卒のほうが高得点のこともある。大学生は4年間かけ、何を勉強しているんですか?」
――大卒だからと就職の選択肢が増えるわけでもありません。
おっしゃる通りです。教育困難校に講演に行く機会は多いですが、求人票を見せてもらうと、スーパーマーケットなどの販売職や飲食店など、私が勤める教育困難大学と6割方被ります。
――就職サイトが大学をランク付けし、一定ランク以下の大学の学生に対し、企業の説明会などの申し込みに制限をかける「学歴フィルター」の存在は多くの学生が知るところです。
学生もリクナビやマイナビといった有名大学の学生が使う就職サイトでは勝負できないという現実を知っています。そこに商機を見出す企業もあり、インターネットの検索窓に「Fランク大学」と「就職」などのキーワードを入れると、学力下位大学の学生に向けた就職サイトも出てくるようです。
――2020年度に修学支援新制度がスタートし、大学等進学率が上昇しています。
強い言葉になってしまいますが、機関要件はあるものの、潰れそうな高等教育機関のための延命措置に過ぎないのではないかと感じる部分もあります。
また、高校側から見ても、安易な進学を生まないか、不安が残ります。私も教員として働いていたので、教育困難校の大変さはよくわかります。基礎学力がないため独自の学習プリントを作ったり、放課後の見回りに行ったり、進学校にはない負担が大きい。そんななか、最も労力がかかるのが就職活動です。
少子化で進む進学校化
――現場としては進学を選択してもらった方が楽だと?
高校教員は全員4年制大学か大学院を出ているので、高卒の就職活動を全く知りません。書類と受験料さえ払えば、どんな生徒でも受け入れてくれる学校がある以上、就職指導と比べれば負担は軽いでしょう。
また、外部からの評価は依然として大学進学率が最高の基準であり、少子化が進むなか、少しでも「進学校化」して生徒を確保しようと考える学校が多い。基礎学力がないまま進学しても問題の先送りにしかならず、成年年齢の引き下げがその後押しにならないか心配です。
――どういうことですか?
たとえ基礎学力のない生徒が大学進学を希望しても、成人年齢が18歳になり、「もう大人なんだから」と、進路指導を終わらせる言い訳にする可能性が高まるのではと危惧します。
――ある意味、進学させやすくなった分、進路指導現場にも進学先に関する情報にアンテナをたてる必要がありますね。ご著書『進路格差』には学校種別に実態が書かれています。
はい。特に学力低位校の生徒が多く選ぶ専門学校への進学が、彼らの将来にどのような役割を果たしているのか、この問題を検証する必要があります。
奨学金の利用者数を見ると、新制度の給付型が約28万人、無利子返還の第一種が約49万人なのに対し、有利子返済が義務付けられている第二種は約71万人と最も多い状況です。学校種別に利用者数を見ると、通信制を除く大学生・短大生が2.7人に1人なのに対し、専門学校が2.4人に1人と最も多くなっています。
就職に強いは本当か?
――就職同様、専門学校卒の高校教員はおらず、こちらも情報が不足しています。
例えば、専門学校は「就職に強い」というイメージがありますが、就職率は分野ごとに大きな違いがあります。文部科学省の「これからの専修学校等教育の振興のあり方検討会議」(2015年)に提出された参考資料によれば、この年の専門学校全体の就職率が80.8%だったのに対し、「教育・社会福祉関係」が87.2%、「衛生関係」が86.1%、「医療関係」が85.8%、「工業関係」が80.1%と高かった一方、「文化・教養関係」が41.6%、「服飾・家政関係」が56.9%と低くなっています。
――大きな差がありますね。
学力低位校の生徒たちが選択する傾向が強い音楽やゲーム等の分野には、正社員ではなく、見習い期間などの独自の慣例があり、就職率も高くありません。自分の「好き」を重視してこれらの分野を選んだ生徒が、将来長きにわたってその分野に関連する仕事に従事できる可能性、経済的に自立できる可能性は残念ながら高くありません。
――進路指導現場への情報支援が必要ですね。
ですので、価格の安い新書版で出版しました。先生方には是非、読んで頂きたいですね。

朝比奈なを
東京都出身。教育ジャーナリスト。筑波大学大学院教育研究科修了。公立高校の地歴・公民科教諭として20年間勤務。早期退職後、大学非常勤講師、公立教育センターでの教育相談、高校生・保護者対象の講演活動に従事。著書に『置き去りにされた高校生たち』(学事出版)、『ルポ教育困難校』(朝日新書)などがある