高校教員有志による高卒就職問題の研究会「TransactorLabo」(代表‧石井俊教諭)による公開求人の分析企画【求人票を読み解く】。高卒就職情報WEB提供サービスへのアクセスを制限することによる弊害を指摘します。

寄稿=石井俊(TransactorLabo代表)

求人倍率の上昇と高卒初任給の上昇が連動しない

高卒就職問題にも様々ありますが、なかでも最も重大な課題は、平成27年頃から求人倍率が急激に上がっているのに対し、賃金の上昇がとても緩やかで、しかも最低賃金より1割から2割程度高いだけの状態が続いていることです。

以下のグラフはある地域のデータです。縦棒は高卒男女の初任給平均、折れ線はその年の求人倍率全国平均を示します。バブル期だった平成元年から5年の間は、求人倍率に比例して初任給が急激に上がりました。それ以前の安さはさておき、労働市場としては一応健全だったと言えます。しかし、平成23年以降の求人倍率急騰に対して、初任給は上がっていないわけではありませんが、その上昇度合いは非常に緩やかです。

 

 

この平成末期の初任給上昇の緩やかさを見て「なにかがおかしいぞ」と感じたのが私が高卒就職問題への取り組みを始めたそもそものきっかけです。

令和4年の今年も求人倍率は3倍を超えましたが、初任給の全国平均は17万円台後半から18万円ぐらい、前年との差は4000円程度。上昇率はやはり緩やかです。

次のグラフは高卒初任給の推移と最低賃金の関連を表したものです。縦棒が高卒初任給、緑折れ線は求人倍率全国平均、赤折れ線は最低賃金月給換算(最低賃金時給×175時間)、最低賃金月給換算×1.2を示します。175時間は1ヶ月あたりの標準的な労働時間数です。

 

 

これを見ると、高卒賃金の上昇は最低賃金改訂による影響が強く、求人倍率の急騰つまり人材獲得競争の影響がとても弱いことが分かります。言い換えれば、高卒就職市場は公正な競争原理が機能しにくい不健全な状態にあり、若年労働者に不利な状態が続いていると言えます。

日本は少子高齢化と人口減少により日本の生産年齢人口は急激に縮小しています。これは国の経済力の縮小を意味し、歯止めをかけなければ年金等の社会保障どころか国家システム全体が機能不全に陥ることが危惧されています。打開策のキーが若年層の所得向上であるとして、政府の方針の中に賃上げが含まれるようになりました。

しかし、なかなか進んでいないのが現実です。

高卒就職市場の不健全さの元凶は相場情報の不足

高卒就職市場が競争原理が機能しにくい不健全な状態が続いていることの最大の要因は、求人情報の流通範囲が限定的であるため、賃金や休日数などの待遇相場に関する情報が非常に少ない点にあると私たちは考えています。

高卒求人情報は厚労省ハローワークから高校に配信され、就職希望生徒へと流れます。非公開指定求人は直接高校へ、公開求人は高卒就職情報WEB提供サービスを通じて高校、そして生徒へと渡ります。非公開求人はもちろん、公開求人も閲覧できるのは高校教員のうちログインパスワードを有する者と管理下にある生徒に限られ、そこで得た情報は外部に漏らしてはいけないというルールになっています。

そこまで厳重に管理する必要がどこにあるのか、正直言ってよくわかりません。ICT技術が進化した今、この構造はどう考えてもデメリットの方が大きいと思います。特に企業の側に相場が分かる情報がもっと提供されるべきだと思います。それは初任給平均がいくらだった、などの単純な数字ではなく、「これぐらいの給料の求人がこれぐらい出ている」ことが分かる下のような度数散布図が望ましいでしょう。

 

 

その地域の就職希望高校生の数や求人数、求人倍率などの情報に加え、上のような度数散布図的な情報の必要性・有用性は非常に高いと思います。求人側・求職者側、双方にとってです。仲介役の教員にとってはもちろんのこと。

例えば、求人倍率が3倍を超えている状況で、上のグラフで年間休日数105日、月給18万5千円ではどうでしょうか。応募の見込みは薄いでしょうね。また、例えば、年間休日数105日、月給20万円の求人と125日18万円の求人を比較するとどうでしょうか。休みが多い方を選ぶ生徒が多いかもしれませんね。

いずれにしても高校生の就職は準備期間が短いので、生徒や保護者・私たち教員・求人事業者、関係三者それぞれのベターな選択には見やすく分かり易い情報が必要です。さらに、とくに相場観に関してはルールと同じく、関係者みんなが共通認識を持たなければフェアな市場にはなりえません。この観点から言っても現在の高卒就職市場は非常にマズい状態にあると言えます。

このような考えから、高卒就職情報提供WEBサービスはもっと公開度を広げるべきだと私たちは主張しているわけです。

モノプソニーの力が働きやすい業種

高卒就職市場の状態を私たちはこれまで「市場として不健全」という言葉で表現してきましたが、最近もっとピッタリな言葉を知りました。それが「モノプソニー monopsony」です。

monopsonyとは、monopoly(「売り手による独占」)の対義語「買い手による独占」を意味します。東洋経済オンラインのデービッド・アトキンソンさんの記事が非常に分かりやすいです

monopsony(モノプソニー)とは、労働者を雇う会社側の力が強くなり過ぎ、労働者が「安く買い叩かれる」状態を指します(詳しくは「日本人の『給料安すぎ問題』はこの理論で解ける」をご覧ください)。

モノプソニーの問題は、単に労働者に支払われる給料が不当に安くなるということだけではありません。さまざま論文では、モノプソニーの力が強く働くようなると、国の産業構造に歪みが生じ、生産性が低下し、財政が弱体化するなど、多くの問題が生じると論じられています。

モノプソニーがもたらす弊害の一つとして、アトキンソン氏はこのようにも述べています。

さまざまな研究の結果、モノプソニーの力が働きやすい業種と、働きにくい業種があることがわかっています。特に、飲食、宿泊、小売、教育、医療においてモノプソニーの力が強く働くことが、世界的に確認されています。これらの業種は他国の企業との競争はほとんどないうえ、労働集約型になりやすいという特徴があります。そのため、人を雇用するコストが低いと、ICT技術を活用するインセンティブが働きにくくなり、モノプソニーが強くなるとされています。

これを逆に考えて、その国でモノプソニーの力がどれほど強く働いているかを、これらの業種の生産性で確認することができます。これらの業種の生産性が低いほど、モノプソニーの力が強いとされています。飲食、宿泊、小売、教育、医療…といえば、前回の記事で紹介した離職率が高い業種群にぴったり当てはまります。

私たち高校教員の責任は?

高卒就職市場はまさにこのモノソプニーの力が強く働いている、あるいは、長い間働いてきたと言えるのではないでしょうか。平成末期に求人倍率が高騰し始め、超売り手市場となってからもそれは続いているように思われます。また、私たち教員が知らず知らずのうちに、その片棒を担いできたのではないか、そんなふうにも考えられます。

この状態を打開するには、市場関係者3者の間の情報格差を無くすこと、つまり相場観の共有が不可欠でしょう。そのためにも高卒就職情報提供WEBサービスの公開度拡大が必要だと思うのであります。