需要高まるデジタル人材。実践的な職業教育をする専門学校に注目が集まる。修学支援新制度の利用も進む。教育の機会平等にとどまらず、貧困の連鎖を食い止める力もある。

編集部=澤田晃宏

eスポーツなどのデジタル部活動を評価

千葉県の船橋情報ビジネス専門学校を訪ねた。同校はITエンジニアの登竜門とも言われる国家資格「基本情報技術者試験」や、ネットワーク分野の世界有数企業の試験である「シスコ技術者認定試験(CCNA)」などの資格取得実績に強みを持つ。

少子化により高等教育機関の多くが生徒募集に苦しむことなど、どこ吹く風だ。学生確保のための青田買いにもなっている「AO入試」を行わず、近年、専門学校が募集に力を入れる外国人留学生も見当たらない。間近でも、2015年に4号館、2019年には5号館を新たに増設するなど、勢いがある。鳥居高之学校長はこう話す。

「きつい、帰れない、給料が安いなど、10数年前までIT業界は7K仕事と揶揄されていました。今では若者に身近で、憧れられる存在になっています」

日本がデジタル化で世界に遅れをとるなか、2020年にはデジタル産業の中核であるメガプラットフォーマー「GAFAM(ガーファム)」の時価総額が東証一部に上場する約2170社の合計額を上回った。GAFAMは、米国のIT関連企業大手5社(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)の頭文字をつないだ造語だ。スマホ第一世代の現在の若者の、大企業像は変わってきている。

日本政府は少子高齢化や地方の疲弊といった課題を抱えるなか、2016年に新たに目指す社会「Society 5.0」を掲げた。

内閣府のホームページより

 

狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く社会で、内閣府はこう定義付けている。

「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」

そうした社会を実現するために求められるのがデジタルスキルを身に付けた「デジタル人材」だ。経済産業省が2019年に実施した「IT人材受給に関する調査」によれば、ITニーズの拡大で2030年には最大約79万人のIT人材が不足するという試算が出ている。

 

経済産業省委託事業「IT人材需給に関する調査」より

 

また、デジタル技術による都市と地方の格差解消を目指す岸田文雄政権の看板政策「デジタル田園都市構想」においても、デジタル人材の確保は大きな課題だ。デジタル人材の育成は国家的課題で、大学や社会人だけではなく、中高生の段階から育成していく必要がある。

高校現場においては、2022年度からプログラミングなどを学ぶ「情報Ⅰ」が必履修化され、2025年からは大学入学共通テストを1次試験に使う国立大学の入試で「情報」が必須科目になる。

また、経済産業省の「デジタル関連部活動支援の在り方に関する検討会」(座長・鹿野利春京都精華大学教授)は3月、産業界が中高生や学校に行えるデジタル関連の支援に関する提言案を公表した。eスポーツなどの部活動などのデジタル関連活動が進学や就職で評価される仕組みを整えることや、支援を求める学校と企業をマッチングする仕組みを構築することなどが盛り込まれた。正式な提言は今年度内に出される予定だ。

勉強嫌いでも大丈夫。約9割はパソコン初心者

国主導でデジタル人材の育成が動き出すなか、実践的な職業教育を実施する専門学校の価値も高まる。なかでも企業から注目を集めるのが、文部科学大臣が認定する「職業実践専門課程」を持つ学校だ。全専門学校の約4割に該当する1083校・3154学科が認定を受けている(2022年3月25日時点)。

職業実践専門課程認定校とは、企業と連携して教育課程を編成し、演習、実習等をしたり、学校関係者評価と情報公開などを実施したりしている学校だ。企業との連携による、より実践的な職業教育がウリだ。数ある専門学校から、進路を選ぶ際の基準としてもいいだろう。

先出の船橋情報ビジネス専門学校も、認定校の一つだ。就職に強く、2021年度も就職希望者348人中、345人が内定を得ている。先出の船橋情報ビジネス専門学校の鳥居学校長は、

「社会的にデジタル人材の需要が高まるなか、企業から『あと一人何とかなりませんか』と頼られるほど、実践的な技術を持つ専門学校生の評価は高い」

そして、こう続けた。

「入学当時は、約9割の学生はパソコン初心者です。学生の多くは高校時代までは決して勉強が得意ではなかった学生です」

中学高校とろくに勉強をしていません――そんな学生も珍しくはない。AI領域は数学的要素が強く難しいが、システムやネットワークの領域は専門学校からでも遅くはないという。

「身近なインターネット空間の仕組みがわかったり、それを動かせたりを積み重ねると、素直な感覚として楽しいわけです」

だからこそ、鳥居学校長は2020年にスタートした修学支援新制度の活用を期待している。

「IT業界は他業種より給与水準も高く、体力仕事のような男女の性差もありません。ポテンシャルがあって、逆転ホームランをかっ飛ばそうなんて思っている生徒は、ぜひ制度を使って進学を目指して欲しい」

住民税非課税世帯の進学率が上昇

同校では新入生の約1割の学生が修学支援新制度を利用しているという。ITエンジニア科2年の木村拓未さん(20歳)もその一人だ。昨年7月、メーカーに勤める父が亡くなった。進学前、学費の支払いに関し、家族とこう話し合っていた。

全体の7割は貸与奨学金、2割は家族、残る1割は木村さんがアルバイトをして稼ぐ。

父の死後、パートの母ら学費の支援は難しいと言われた。そんなとき、学校から給付型奨学金について知らされ、すぐさま応募した。木村さんはこう話す。

「現在も週3、4回、ファストフード店でアルバイトをしていますが、自分で学費の3割を払うとなると、時給のいい深夜のバイトに変えたり、働く時間を増やしたりしなければなりません。当然、勉強もおろそかになっていたと思います」

仮に父の死が専門学校入学前だったとしたらと問うと、

「進学を諦め、就職を選んでいたと思います」

修学支援新制度により、確実に救われている若者たちはいる。文部科学省によれば、制度開始から2年目の2021年度に、31万9千人(前年比4万8千人増)への支援を行ったという。同省の推計では、住民税非課税世帯の高等教育への進学率は、制度開始前の2018年度には40.4%だったが、2021年度には54.3%と上昇している。経済的理由で進学を諦めない。さらには、需要高まるデジタル人材となって、貧困の連鎖を食い止める。制度の利用がますます進むことを期待したい。

※本記事は「高卒進路」2022秋号の掲載記事です