元高校教員で、教育ジャーナリストの朝比奈なをさんが『月刊高校教育』(学事出版)誌上で好評連載中の「高校教育のアキレス腱」を本サイトにも掲載します。
教育ライター=朝比奈なを
あいまいな表情の高校生
友人である公立高校教諭が今春、異動になった。彼女は約15年前に、いわゆる課題集中校で英語教員としての第一歩を踏み出した。当初、自身の高校生活と目の前で繰り広げられている高校生活との違いに唖あ然ぜんとしたという。そこには、アルファベットが正しく書けない、簡単な単語が書けない、2行以上の英文は読もうとしない生徒が大勢存在した。
ヤンチャで意志的な表情をした生徒も少数いて、年齢の近い彼女を呼び捨てにしつつも、授業前には必ず職員室まで迎えに来た。新任の彼女には苦労の連続の日々だったが、そうした生徒の姿に「生徒は私を必要としている。私は教員をやっていくんだ」との覚悟が定まったという。
その後、彼女は長く進学校に勤務し、今春、最初の勤務校より偏差値が少し高いぐらいの課題集中校に転勤し、1年生の担任となったのである。
転勤の際には、同僚や先輩教員から様々な心構えを聞かされた。新任時の経験もあるので、学力や行事の遂行力の低さ等は予想していたが、もっとも驚いたのは新入生の表情だったそうだ。赴任当初の4月中旬の筆者へのメールには「15年前と比べて生徒は大人しいし、表情が読めない。あいまいな表情で意志が感じられない」とあった。二者面談や文化祭等を経た9月現在でも、生徒の表情に対する印象は変わらないと彼女は語る。
勤務校には新任等若手教員が大勢いる。しかし、彼女の新任時代のように若い教員に親しげに近づく生徒は皆無に近い。新型コロナウイルス対策で求められるソーシャルディスタンスの影響もあるが、教員と生徒の距離は大きく変わったと彼女は感じたそうだ。
学力面では、例えば英語は、小学校から英語教育が始まったからか、アルファベットが書けないといった生徒はいないが、Be動詞や動詞の変化でつまずいている生徒は少なくない。さらに、前任校と比べて学習意欲は格段に低いと、授業を行うたびに実感している。
「進路未定」の多さに驚く
進路指導も難しい面があるとのこと。二者面談前に実施した進路希望調査では大学進学希望が最多だったが、次いで多かったのは「進路未定」。これは、全員が大学進学を希望する前任校では見られない結果であり、目標が定まっていないことが生徒の表情や低い学習意欲の原因の一つと彼女は考えた。同じ学年の担任たちは彼女よりも経験が浅いので、彼女が中心となって進路意識を高める試みを1学期から始めた。
しかし、人に将来の夢や希望を持たせることは非常に難しい。2学期当初に筆者に届いたメールには、「クラスにピアスの穴を開けた女子が2名、茶髪になった生徒が5名。『進路の幅を狭める行動はするな』と言っていたのに……」との嘆きの一文があった。夢が持てる児童・生徒は減少している
最近の児童・生徒のどの程度が、将来の夢や目標をしっかりと持っているのか。その答えの一つが、文部科学省が行っている「全国学力・学習状況調査」にある。この調査は2007年度から始まり、小学6年生と中学3年生を対象に行われている。ちなみに2007年というと、今の高校1年生の一部が生まれた年でもある。
調査結果は毎年公表され、学力や学習習慣、最近ではコロナ禍での学習意識の変化やICT教育の効果等の結果が注目されている。同調査では、質問紙調査として、児童生徒の生活状況に関する同じ質問が毎年行われ、経年変化をたどることもできる。それらの中に「将来の夢や目標を持っていますか」という質問があるので、その回答の推移を少し見てみたい。
実施初年の2007年度では、将来の夢や目標を「持っている」と「どちらかといえば持っている」との回答をした割合は、小6で85.8%、中3で70.9%だった。その後、年による増減はあるが、肯定的な回答が小6では85%前後、中3では70%以上の状況が続いていた。
だが、2019年度から肯定的回答の減少が目立つようになる。現在の高1が中3の時に実施された2021年度調査では、小6が80.3%、中3が68.6%となった。最新の2022年度調査でも、肯定的回答の割合は微減。より細かく見ると、強い肯定度を示す「持っている」と回答した者は、今年度は4割を切っていることがわかる。
これ以上の詳細は実際の資料に譲ることとするが、新型コロナウイルスの影響ももちろん大きいだろうが、近年の日本では、将来の夢や目標を持っていない児童生徒が増加しているといって間違いないだろう。以前の同調査では、将来の夢や目標を持っている児童生徒は学力や学習意欲が高いという、学校現場の実感に合致した傾向も確認されている。
残念ながら、今後、将来の夢や目標を持って高校に入学する生徒が増加するとは思えない。世界的な大変革期の渦中で、誰しも将来の夢や目標を定めることが今まで以上に難しくなるし、夢や目標の質も変わると考えられる。生徒と一緒に、時代に即した新たな将来の夢や目標を模索する能力と姿勢が、高校教員には今後一層必要とされるだろう。

朝比奈なを
東京都出身。教育ジャーナリスト。筑波大学大学院教育研究科修了。公立高校の地歴・公民科教諭として20年間勤務。早期退職後、大学非常勤講師、公立教育センターでの教育相談、高校生・保護者対象の講演活動に従事。著書に『置き去りにされた高校生たち』(学事出版)、『ルポ教育困難校』(朝日新書)などがある