高校教員有志による高卒就職問題の研究会「TransactorLabo」(代表‧石井俊教諭)による公開求人の分析企画【求人票を読み解く】。高卒就職情報WEB提供サービスへのアクセスを制限することによる弊害を指摘します。
寄稿=石井俊(TransactorLabo代表)
待遇がいいはずなのに職場見学すらゼロ
昨年(令和3年)7月、筆者が参加した就職懇談会で実際にあった話です。
この求人条件をどう思いますか?
基本給/17万3千円 月額給与19万3千円
賞与/1年目から1.40ヶ月2年目以降、2年目以降2.10ヶ月
月平均労働日数/21.5日 年間休日数/106日 社員寮有り
この求人票を持って私の前に座ったのは、その会社(以下、A社)の社長さんでした。二代目らしく、若い方でした。ひととおり募集内容の説明を聞きました。東京のアパレル系求人の中では好条件に見えたので、待遇設定をどのようにされたのか尋ねると、こんな答えが返ってきました。
「どこにも負けない条件にするように結構な手間をかけています。他よりかなり良いはずですが、この3年、応募どころか、職場見学にも来てもらえてないんですよ」
「他」とは都内同業他社だとのこと。そこで時間切れになり、それっきりになってしまいました。後で調べると、その求人票はずっと公開のままでした。努力空しく……だったようです。
日給計算で見える賃金水準の位置
その社長さんが具体的にどうやって同業他社の待遇に関する情報を入手したのか分かりませんが、自社の待遇条件には相当の自信をお持ちのようでした。その分「こんなに良い条件で出しても応募がない。いっそ高卒採用はやめたほうがいいかも……」との思いが、言葉の節々に感じられました。なんだか噛み合わない感が残りましたが、同じ様な状況はたくさんあるのだろうなと思った次第です。
さてここで、少々意地悪かもしれませんが、本当にA社の待遇設定が「かなり良い」のかどうか検証してみようと思います。

2021年7月時点で「高卒就職情報WEB提供サービス」に公開されている東京都の求人4485件のうち、婦人服販売関係を抽出したところ、8社13件ありました。上の表はその13件の求人票のデータをまとめたものです。最下段がA社の数値です。
給料面では確かに基本給・月額給与ともに最高額でしたが、日給換算では13件中3位。これは労働日数がやや多く、休みが少なめなせいです。年間休日数の平均が111.8日なのに対して、A社は105日。月給は確かに都内同業他社より約1万3千円高いですが、労働日数が平均より0.6日多いため、「かなり良い」とは言いにくい。
では、東京都の求人全体の中ではどうなのか見てみましょう。以下のグラフは同時期の東京都公開高卒求人の全求人票を、年間休日数(縦軸)と月給(横軸)で点にした散布図です。

黄色い点がA社の求人票(105日・193,000円)です。全体の中央値は年間休日数111.0日、月給193、880円でしたので、A社の給料はど真ん中より少し下、年間休日数は6日少ない。
つまり、A社の社長さんの「かなり良い」は、全体的な視点から見ると残念ながら誤った思い込みだったと言わざるをえません。いわゆるひとつのミスマッチです。おそらくこれはA社に限ったことではないでしょう。上のグラフのA社を表す黄色の点の周辺およびその左下の範囲、約1500件では特にその可能性が高いでしょう。
「ハロワの最賃チェックラインより少し高め」が大半
私たち教員は「高卒就職情報WEB提供サービス」で求人全体を見て、相場観を掴むことができます。しかし、企業の方々は違います。厚労省から出される全体の平均と、あとはA社のように近隣の同業他社の情報を基に考えるのがせいぜいでしょう。
現実には「高卒だからだいたいこれぐらい」とか、「ハロワの最賃チェックラインより少し高め」としか考えていないところが大半を占めます。いずれにせよ、どんな求人事業者も「こんな条件で採れるわけがない」と考えるわけはなく、「採れる」と思っているはずです。これもミスマッチのひとつです。
では、これら求人事業者側の「誤った思い込み」や、それによるミスマッチの原因はどこにあるのでしょうか。そして、どうすれば排除できるのでしょうか。
ハッキリ言います。
原因は「高卒就職情報WEB提供サービス」へのアクセス権が教員と生徒限定だからです。言い換えれば、求人事業者にとって相場が分かる情報が「ない」と言ってよいほど不足しているからです。この相場情報の不足が高卒就職市場における公正な競争を抑制していると考えるのは全く不自然ではありません。そして、その影響範囲は極めて広く、かつ深刻だと考えることも自然でしょう。この問題は実は日本経済の喫緊の課題として早急に取り組まねばならないものなのです。
改善策は至ってシンプルです。「高卒就職情報WEB提供サービス」を一般公開に、同時に求人情報の提供方式を紙やPDFではなくデータベースの形に切り替えるだけです。ただそれだけでよいのです。一時的な混乱はあるでしょうが、それでも公正な競争が起きず、若者の賃金が上がらないままいくよりはずっといいはずです。
言わば「高卒求人情報のオープン化+DX」です。それは高卒就職市場のあり方に大きな進化をもたらすでしょう。さらに、日本経済が沈滞を抜け出す突破口に……とは言い過ぎでしょうか?
しかし、少なくとも、前述のA社の社長さんのような誤った思い込みはなくせるし、先生も生徒も求人票の紙の山から解放されることは間違いありません。
やる価値十分あり、そう思われませんか?