第69回全国高等学校定時制通信制軟式野球大会(全国高等学校定時制通信制教育振興会、東京都教育委員会など主催)は、東近畿地区第1代表の天理高校(奈良県)が優勝した。歴史ある本大会の歴史を、大会事務局長を22年務めた益田勝寛さん(東京都立足立高校定時制)と振り返る。
編集部=澤田晃宏
「2年前の先輩たちは試合すらできなかった」
祈るように空を眺めたその頬を、雨が伝って落ちていく。8月18日。東京都新宿区の明治神宮野球場では「第69回全国高等学校定時制通信制野球大会」(以下、定通野球大会)の決勝戦が予定されていた。
決勝に駒を進めたのは、35大会連続40回目の出場となる奈良県の天理高校第二部(東近畿地区第1代表)と、初出場となる東京都の大智学園高校通信制(東京都第1代表)だ。試合開始2時間前ほどから降り始めた雨は、プレイボールの午前9時には本降りに……。
それでも、大会事務局長の益田勝寛さんは、中止の判断をぎりぎりまで待った。前々回の第67回大会は新型コロナウイルスの影響に伴い大会自体が中止に。前回の第68回大会は東京オリンピックの影響で、決勝は大田スタジアム(東京都大田区)で行われた。
3年ぶりとなる明治神宮野球場での決勝戦。何とかここで試合をさせてあげたい――。
同日夜、明治神宮球場をホームグラウンドとするプロ野球チーム「ヤクルトスワローズ」の試合が予定されていた。
「ナイトゲームがなければ、雨がおさまるのを待ち、午後から試合ができたかもしれません」
益田さんがそう話す通り、無情にもあれだけ降った雨はやみ、午後は雲一つない真夏日になった。選手たちは明治神宮野球場での試合中止を受け、午前中に予備として準備されていた駒沢オリンピック公園硬式野球場(東京都世田谷区)に移動。天理高校第二部の藤田哲也監督は、選手たちにこう声をかけた。
「2年前の先輩たちは試合すらできなかった。それを考えたら、幸せなことや」

午後は午前中の雨が嘘のように晴れた
午後2時、5時間遅れで決勝戦が始まった。天理高校第二部が序盤からリードを広げ、大智学園高校通信制を15対8で破り、15連覇を成し遂げた。

優勝を決め、マウンドに集まる天理高校の選手たち=駒沢オリンピック公園硬式野球場(東京都世田谷区)
「第64回大会では東京都の八王子拓真高校が9回の裏ツーアウトまでリードし、いよいよ連覇が途切れるかと思いましたが、まさかの逆転負け。15連覇を成し遂げたことで、どこが天理を倒すのかという見どころは今後も続きます」

きっかけは「定時制4年生」の出場資格
定通野球大会の始まりは、昭和28年に遡る。当時、高崎商業高校、高崎工業高校、藤岡高校3校の定時制野球部は、定時制独自の野球大会がなかったため、群馬県高野連軟式野球大会に出場していた。この年の夏の全国大会予選で藤岡高校定時制野球部が初優勝し、関東大会への出場権を得たはずだったが、「定時制4年生」に全国大会への出場資格は認められなかった。
「このままでは働きながら学ぶ定時制生徒に青春時代の喜びと希望を与えることはできない」
高崎商業高校定時制の先生を中心に、同年秋に県内で初めて定時制高校独自の野球大会を実施。翌年の昭和29年には定時制高校主事協会(現教頭・副校長協会)を通じて大会開催を呼びかけ、1都4県校による第1回大会が開催された。高崎城南球場で決勝があり、第三商業高校毛利分校(東京)が7対0で鹿沼農商業高校を下し、優勝した。
第5回大会以降は全国大会となり、第6回大会以降は明治神宮野球場を中心に開催されるようになった。第15回大会以降、通信制高校も加わった。先出の益田さんは、大会の事務局長として間近22年間、長い歴史を持つ定通野球大会を見てきた。

全国高等学校定時制通信制軟式野球連盟・事務局長の益田勝寛さん。自らも都立足立高校定時制野球部の指揮をとる
その間の変化を問うと、益田さんはこう話した。
「最多555校が参加した大会も、今年度は135校です。学校単独では人数が揃わず、複数の学校の連合チームも増えました。定時制に変わり、通信制高校が増えたことが最も大きな変化でしょうか。選手の大半は中学からストレートで入ってきた生徒で、選手名簿の勤務先欄も空白になっているケースが増えました」
勤労青年の学び場としての定時制高校は、今は昔。昔はヤンチャな生徒も目立ったが、今では大人しくなったという。
無理やりでもやりたかった
大会終了後の9月10日、15連覇を果たした天理高校第二部野球部主将の有本義人さん(18歳)に会いに行った。来春卒業する野球部の4年生は8人で、有本さんを含め7人が就職を目指しているという。
「将来的には調理関係の仕事がしたいです。人気観光地の有名ホテルに応募しました」

取材に応じる有本主将=天理高校第二部野球部の部室で
連覇について聞くと、
「校内でも野球部は優勝して当たり前と思われているので、プレッシャーはありました。全寮制で、クラスターを生まないように、コロナ対策から全体練習には制限がありました。それでも、最後は優勝できてよかったです。無理やりでも神宮で試合をしたかったですが、試合が始まると気持ちも変わりました」
大会期間中、赤坂のホテルに宿泊した。連覇を果たした夜、コロナ対策で数人のグループに分かれ、食事に出た。有本さんらのグループはなか卯に入り、球友と連覇を祝ったという。
※本記事は「高卒進路」2022秋号の掲載記事です