匿名を条件に教育困難校の進路指導現場の実態を明かす。超売手市場の高卒採用だが、自ら身を引く企業も今度出てくるだろうと悲観する。

近畿圏の進路多様=匿名希望(進路指導部長)

新春の挨拶に行った段階で既に退職

近畿地方の進路多様校で、進路指導部の部長を務めています。当校は偏差値で言えば30台の、いわゆる教育困難校と言っていいでしょう。

例年、4月から5月にかけて内定先の企業へ挨拶周りに出かけます。その際に、しばしば厳しい言葉をかけられ、お詫びする場面が年々増えています。

それも、今春の就職者は数にすると50人程度なのですが、私が企業への挨拶周りに行った段階で、すでに片手では足りない数の生徒が辞めていました。辞めるどころか、「内定式にもこなかった」という生徒もいたようです。

企業の方からしばしば、こう言われます。

「わからないことがあったら、それを聞けるようにだけは育てておいてください」

口論して辞めるとか、それなら企業も納得できる部分はあります。ただ、今の生徒はある日突然、黙って辞めていく。内定式だけ来て、それっきりという生徒もいたようです。

「退職代行」というのが流行っているのでしょうか。お金を払って他者に依頼し、代わりに勤務先に連絡を入れてもらい、退職の意思を伝えるというサービスです。これを、利用する生徒もいたようです。

企業の方は黙って辞められると、何が問題だったのかわかりません。わからないことはわからないと言ってもらえないと、育てることもできない――生徒を送り出す身としては、ぐうの音も出ません。

ワークライフバランス重視。残業なんてもってのほか

それでも、多数の求人票が今年度も当校にも届きます。嬉しい気持ち半分、先述のような状況ですから、いつかは企業が高校生を採用しなくなるのでないかという不安も間違いなくあります。

そう思う理由には、高卒新卒採用の魅力が、企業にとって薄れているとも感じるからです。10年前なら、「学歴関係なく出世できます!」、「残業をすればたくさん稼げます」。

そんな求人に生徒は反応し、応募が殺到したものです。企業としてもそうした「稼ぎたい、出生したい」という意欲を持った生徒を歓迎しました。

ところが今や残業があることなどをアピールしたら、生徒は誰も応募しません。大量に求人はあるので、好き好んでそんな求人に応募する生徒はいません。今の生徒たちはワークライフバランスを重視し、仕事以外の自分の時間を大切にします。残業なんてもってのほかです。

企業側は生徒たちに歩み寄るほかありません。少子化が進み、若年労働者は奪い合いです。生まれたときから週休二日が当たり前の時代に育った彼らが、年間休日105日(週休2日)を割る会社に応募することはないでしょう。企業側も年間休日をどんどん増やし、年間休日120日と設定する企業も目立ってきました。

また、企業の大半は選考を「面接だけ」として、少しでも容易に応募できるようにしています。筆記試験なんて書かれていると、たちまち生徒たちは逃げていきますから。

どこまで企業は我慢するのでしょうか。そんな言葉がいつも頭をよぎります。

家から近くて休みが多い

一方、生徒側に寄り添って、ようやく採用したあかつきに、数か月間も持たず、無言で生徒が去っていく。企業が高校生を採用しなくなるのでないかと考えるのも当然でしょう。

ただ、就職を目指す生徒には、高卒進路が安定的な社会生活を目指す最後のチャンスです。進路未決定や早期離職する高卒社会人が、その後、正社員として安定して働けるチャンスを獲得するのは相当難しいでしょう。高卒就職は進路担当教諭が手取り足取りサポートしますが、社会に出てからそんな大人が周囲に現れることはなかなか期待できません。

生徒たちの進路を決めるのは大変です。それでも、粘り強く伴走します。複数応募が広がっていきそうな雰囲気ですが、1社決めるのも大変な状況で、全くリアリティがありません。

まず、漢字が読めません。漢字が読めないのだから、求人票の中身を理解できません。販売など、よく出てくる感じは読めるかもしれませんが、型枠とか施工とか見慣れない漢字は無理です。求人票にQRコードを貼って、仕事の風景の写真や社員のインタビュー動画を掲載する採用ページに飛ぶようにしてくれている企業がありますが、大歓迎です。基礎学力がなく、学習習慣のない生徒たちが文字情報だけの求人票から進路を決めるのは困難です。厚生労働省の高卒就職情報WEB提供サービスのIDを生徒に付与していますが、こちらも文字情報だけで難しいですね。

生徒が求める就職先の条件はだいたいこんな感じです。家から近くて、休みが多い。残業はなくて、ボーナスはある。そんな感じです。仕事ありきではありません。よく生徒はスマホを持ってきて、ここで働きたいと言います。だいたい「Indeed(インディード)」などの民間の求人サイトです。位置情報から、近所の求人が表示されるのでしょう。

そうしたとき、私は最後まで付き合います。生徒の目の前で電話をし、先方に高卒採用をしているか尋ねます。怒らずに、付き合うことが大事です。そうして信頼関係を築きます。

ただ、手取り足取りも、度を過ぎてはいけません。最後は生徒の意思で応募させないと、早期離職のリスクが高くなります。志望理由書の文章がはみ出していたり、字が汚かったりすると、「本当にこれで出すのか? お前、そこ行きたいんやろ?」と問います。泣き出す生徒も多いですが、最後は「もう一枚ください」と壁を乗り越えます。

保護者も幼稚に

親の影響も強くなりました。せっかく生徒と決めた進路を、親の一言でひっくり返されることも少なくありません。

過保護というか、親子の距離が近い。まるで友達のようです。昨年、職場見学に4社行き、結果的に「学校を通さず頑張る」と言ってきた学生がいました。どうしようかと頭を悩ませていたら、母親が学校に「うちの娘を相手にしないのか」と怒鳴り込んできました。

今年度は修学支援新制度の問い合わせが多い。資料を印刷し、保護者に渡しますが、理解ができないと奨学金担当に苦情が入るようです。生徒だけではなく、保護者も幼稚になってると感じざるを得ません。

※本記事は「高卒進路」2022秋号の掲載記事です