元高校教員で、教育ジャーナリストの朝比奈なをさんが『月刊高校教育』(学事出版)誌上で好評連載中の「高校教育のアキレス腱」を本サイトにも掲載します。
教育ライター=朝比奈なを
教員の言葉や態度は凶器にもなる
最近話題の「教室マルトリートメント」という言葉をご存じだろうか。
「マルトリートメント」とは、直訳すると「悪い扱い」という意味で、本来は親子関係で使用される概念だそうだ。体罰やネグレクト、性的虐待など子どもに対するあらゆる不適切な行為を指す。
このような行為は子どもの自尊心を深く傷つけるものだが、家庭だけでなく、学校の教室でも行われているとして「教室マルトリートメント」の語をつくったのは、特別支援学校で長く指導している川上康則氏である。
氏は教師が生徒に発する「勝手にすれば」「どうしてできないの」といった言葉、激励や賞賛をしない態度、威圧的で力で抑えつけるような指導などを、その具体例として挙げている。この概念を知り、筆者は大いに納得したことがある。
筆者は首都圏某市の教育センターで教育相談を担当していたが、その際に「教室マルトリートメント」の事例に数多く接してきた。拾った木の実で一生懸命に作った飾り物を「これ何を作ったの? 変な形だね」と担任に言われた小学生、部活動で盗難があった時、理由も告げられずに1人だけ事情聴取された中学生、家族のアクシデントで遅刻したのに「また、お前か!」と問答無用で叱責され、理由も聞いてもらえなかった高校生等の実例があった。
教員としては指導の一環だろうが、相手にとっては「凶器」となった。子どもたちの日頃の態度がこのような指導を生み、それで傷つくのは彼らの甘えだという反論もありそうだが、そうであっても彼らを傷つけてよいとは絶対に言えない。
体罰や性犯罪は減少しているが……
学校で行われるマルトリートメントで最悪のものは、体罰や性犯罪・性暴力だろう。文部科学省では「公立学校教職員の人事行政状況調査」でこれらの発生件数等を毎年度公開している。
2020年度のデータでは、体罰は小学校で121件、中学校で130件、高校で123件、特別支援学校で19件となっている。また、性犯罪・性暴力は小学校で64件、中学校で74件、高校が53件、特別支援学校が8件となっている。同調査ではこの他に「児童・生徒への不適切な指導等」も調べているが、行為の詳細の記述はなく、同年の総計307と記載されている。
しかし、特に「児童・生徒への不適切な指導等」は児童生徒と保護者の胸にしまわれて表沙汰にされない事例が多いだろうことは、教育相談の経験から推測される。
筆者が高校を訪れた際、集会に遅れてくる生徒や服装がだらしない生徒を強く叱責する先生方の言葉を耳にすることがある。そのような先生方は少しふんぞり返って腕を組み、強い口調の大声を生徒に投げている。このような場面は生徒指導が大変な学校で多く見られ、かつて同様の高校に勤務していた筆者は、それが学校の秩序のために必要であることも十分に承知している。
けれども、ある時、同席していた企業経験者が先生方の叱責を聞いて「高校っていつもこんな感じなんですか? こんな口調なら企業ではパワハラと糾弾され、1回でアウトですよ」と筆者にささやいた。
原因は学校の雰囲気にもある
一般的には「マルトリートメント」は子どもに対する行為として語られるが、本来は人間や動物全般への概念である。そして、学校の教員間にもこの行為が認められる。
実は、先日、ある公立高校女性教員から相談を受けた。30代後半で独身の彼女は校務分掌で文化祭を担当している。同じ担当には育児等で時短勤務の教員が多く、彼女は今年度になってから月100時間程度の残業をしている。
この状況を管理職は当然承知していると思い、校長に文化祭の来校対象者と公開時間の縮小をお願いに行った。すると、今年度赴任した校長はほとんど彼女の話を聞かないうちに「俺の言うことを聞いていればいいんだ!」と大声を出したという。
彼女の現状を理解しようともしない態度と発言に、彼女はメンタルの不調を発し、現在は退職を考えるまでになっている。これはパワハラであり、「教員間マルトリートメント」に該当すると言える。
先述の川上氏は「教室マルトリートメント」を生む背景には教員の不安や焦りがあると論じる。不安等の原因は、他の教員からどう見られているかを気にする教員の姿勢、教育改革により増加する仕事量、教育現場で上意下達の風潮が強くなり教員の意見が大切にされていないこと等であると指摘している。このように、力や立場で押さえつける指導は教員間や学校全体の雰囲気にも悪影響を及ぼし、教員の意欲を失わせると警鐘を鳴らしている。
先の発言をした校長にも何かしらの理由があったのだと思いたい。そうであっても、自身の言葉や態度が教員に対する「凶器」になり得る自覚は欲しい。部下である教員に不信感を生み、意欲を低下させては学校運営がスムーズにいかなくなるだろう。
幸い、この女性教員の周りには心配して食べ物持参で居室まで訪ねてくれる同僚やこれ以上彼女の状態が悪くなったら訴訟を起こそうと考えている支援者もいる。最悪の事態にならないことを筆者も願いつつ、「マルトリートメント」を行わない意識を全教員が持ってほしいと強く願う。

朝比奈なを
東京都出身。教育ジャーナリスト。筑波大学大学院教育研究科修了。公立高校の地歴・公民科教諭として20年間勤務。早期退職後、大学非常勤講師、公立教育センターでの教育相談、高校生・保護者対象の講演活動に従事。著書に『置き去りにされた高校生たち』(学事出版)、『ルポ教育困難校』(朝日新書)などがある