元高校教員で、教育ジャーナリストの朝比奈なをさんが『月刊高校教育』(学事出版)誌上で連載中の「高校教育のアキレス腱」を本サイトでも掲載します。
成人となった学生からの質問
対面授業も約2カ月が過ぎて大学の授業の雰囲気にも慣れたのか、このところ授業終了後に学生が質問に来る。残念ながら、質問は授業内容のことではない。
先日は、真面目そうな男子学生が「先生に配られるプリントに穴が開いていないんですが」と遠慮がちに聞いてきた。筆者は元高校教員なので、この学生の出身高校では配布するプリントには教員が事前に穴を開けていたとすぐに想像できた。
別の日には、「この授業って中間テストあるんですか? 対策プリントってもらえるんですか? 俺、今のところ出席大丈夫ですか?」とストリート系ファッションの学生から質問があった。
テストのことはWeb上のシラバスにも、また、最初の授業でも説明してある。出席は、磁気カードの学生証で毎時間自ら機械にタッチし、出席回数は学内Webシステムの個人ページでいつでも見られるのだが。
こうした質問が出てくるのには、高校までの学校生活の習慣が大きく影響している。筆者が教えているのは受験偏差値があまり高くない大学なので、筆者が言うところの「教育困難校」からの入学者が少なくない。学生の質問から、このような高校では、相変わらず教員が手間を掛けて授業を成立させている状況であることがわかる。
先生方の苦労には頭が下がるが、一方で、自分で考え、工夫する姿勢が見られない学生の姿が気になる。この世代の学生は小・中学校から主体的な学習が進められてきたはずだ。しかも彼らは、今年から成人なのだ。
高校の先生方が感じる不安
筆者が感じる不安とは異なるものの、18歳を迎える生徒への不安を感じている高校の先生方も少なくないようだ。
北関東の就職希望者が多い高校では、先生から「就職のスケジュールや提出書類などが大きく変わらないことには安心したが、内定後に企業が生徒に直接接触してこないか心配」との不安の声が聞かれた。
高卒生を採用する企業には、高卒生独自の就職慣例を守ることが求められるが、必ずしもこれを遵守する企業ばかりではない。例えば、内定者が高校在学中に企業が入社前研修を行うことは許されていないが、これまでも別の形で研修に近いことを行おうとする企業があった。しかし、内定者が既に成人となれば、学校を通さずに本人の同意を得て研修を実施しようという企業が現れる可能性がある。そのような場合、高校生活よりも内定先の意向を重視する生徒が現れてもおかしくない。
東京のある高校では、先生が進学者への不安を語ってくれた。その高校では学生支援機構等の奨学金を借りて進学する学生が多い。入学時だけでなく在学中の学費も考えるように注意しているが、本人にも家族にも計画的にお金を使う習慣がないのではと推測できることも多いという。
この先生は実例を話してくれた。今春、学生支援機構の給付型奨学金を受給している卒業生が母校にやってきて、入学後に振り込まれた相当額の支給金を家族と分け、それぞれ好きなものを購入したとうれしそうに話したそうだ。先生は「そのお金は後期分の学費納入や学生生活に必要なものの購入費に充てるべきだった」と卒業生に伝えたが、使った奨学金はもう戻らない。
また、在校生や卒業生の様子を見ていると、進学の際や在学中に学費が足りなくなった時、インターネット上のマネーローンを軽い気持ちで利用する若者が増えるのではないか、との不安も語ってくれた。
成人年齢が18歳になったことへの対応は、民法で成人年齢の引き下げが決められた2018年から準備する時間があったとする向きもあるだろう。しかし、2020年初頭からのコロナ禍は学校生活に未曽有の混乱を招き、さらに今年度から始まる新学習指導要領に則った新科目の準備等、高校現場はこの時期、非常に多忙だったのだ。
先輩である「大人」がもっと関心を持ってほしい
成人が18歳となることで予想される問題への対応は、政府や消費者庁も熱心に進めている。政府広報オンラインでは、成人に関する特集を組み、人気アニメキャラクターとのコラボレーションで若者の関心を引く工夫もしている。
これらのサイトでは、新たな成人に責任を自覚させることと、金銭トラブルに巻き込まれないための注意喚起が主に行われている。特に金銭トラブルについては、安易な金儲けや美容を謳った詐欺の被害が多くなると想定しているようだ。
詐欺事件等の専門家の中には、新たな成人が悪徳商法業者にとって「新たな狩場」になる可能性を指摘し、経済リテラシー教育の必要性を訴えている人もいる。
しかし、成人年齢引き下げで生じる影響は非常に多方面にわたる。先述の先生方の不安は18歳の実情を知る高校教員だからこそ想定できるものでもある。
これらの不安の背景には、新成人を「カモ」にして自分が得をしようとする大人が多数いるという現代の日本の問題がある。
このところ、緊迫する国際情勢やそこから派生する問題に目がいきがちだが、成人年齢の引き下げは、日本社会にとって大きな出来事だ。変更によって生じる問題に十分に対応できるような教育や制度が整うまで、教員や保護者だけでなく、社会全体で新成人を見守らなければならないと思う。