「来訪神:仮面・仮装の神々」の一つとしてユネスコの無形文化遺産に登録されているナマハゲで有名な、秋田県西部の男鹿市。秋田県西部に位置し、日本海に面する。こうした立地条件もあり、男鹿海洋高校は県内で唯一、水産科を設置している。県沖で進む洋上風力発電事業に、同校で学ぶ学生への期待も高まっている。

編集部=澤田晃宏

過疎化が進む地域の学校に全国から注目

JR秋田駅から在来線、男鹿線のホームに進み、7時41分発の列車に乗った。時刻表を見ると、1本前の列車は6時46分に発車する。1本後となると、9時24分の発車だ。「通学時間帯で唯一の電車」とあってか、2両編成列車の乗客の大半は、高校生だった。

男鹿線沿線には、甲子園を沸かせた日本ハムの吉田輝星投手の母校である秋田県立金足農業高校(秋田市)をはじめ、たくさんの学校がある。男鹿線は、秋田県の高校生の学びを支える貴重な足だ。

秋田駅から約55分。そんな男鹿線の終着駅が、なまはげの里として有名な男鹿市の「男鹿駅」だ。記者が訪れた6月は、駅前に人影はほとんどなく、駅近くにある「道の駅おが」周辺にちらほらと商店が確認できる以外、駅前にコンビニエンスストアや喫茶店もなかった。

市のホームページによると、2022年5月31日時点の男鹿市の人口は2万5182人。そのうち、65歳以上の高齢者が48%を占める。約10年前の2012年3月31日時点での人口は3万2024人。人口減少と少子高齢化に悩む地方都市の一つと言っていい。そんな町の学校に注目が集まっている。

サバ缶は道の駅で数分で売り切れる

男鹿駅から歩くこと、約20分。日本海を望む小高い丘の上に、秋田県立男鹿海洋高等学校(以下、男鹿海洋高校と表記)があった。普通科、水産科(海洋科、食品科学科)の2学科を有し、134人が学んでいる(令和4年5月1日時点)。

科別に見ると、最も多くの生徒が在籍するのが「水産科」だ。秋田の資源を活用した「食」のスペシャリストを目指す「食品科学科」では、食品の製造方法、保存方法、流通、衛生管理を中心に学習する。実習では、サバなどの水産物の缶詰製品、蒲鉾などの練り製品を製造し、販売まで行う。サバ缶は道の駅などで販売すると数分で売り切れる人気ぶりだ。

缶詰だけではなく、練りものなど、様々な食品製造に挑戦する

 

産学連携による一歩進んだ実践的な実習活動にも取り組み、生徒たちは起業や経営、SDGs「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」に対する理解も深めている。

4月、男鹿海洋校高校と男鹿市、秋田市の外食チェーン「ドリームリンク」の3社が連携し、秋田市内の飲食店などで男鹿市の海産物を原料に使うさつま揚げ「男鹿揚げ」が発売された。商品開発に取り組んだのは、今春に卒業した食品科学科12人の生徒たちだ。

生産者の収入を増やすことやSDGsの観点を取り入れた特産品の開発をテーマにした授業で、食品科学科の生徒が加工食品などで活用されにくい茎ワカメとギバサに注目。コリコリとした茎ワカメの食感に、磯の香りを出すギバサを加え、新たな特産品を開発した。産学連携により販路を広げ、将来的には特産品の開発を通して地元の雇用を創出する。そうした地域の活性化までを視野に入れている。

深さ10メートルの実習用プール

同校のなかでも、急速に注目を集めているのが「海洋科」だ。漁業や小型船舶など、船に関する知識を幅広く学習する。秋田県の県の魚として知られる「ハタハタ」の定置網実習などの漁業実習も行われ、座学だけではなく、実践的な技術も学ぶ。小型の実習船2隻と、教習艇1隻を保有しており、座学で学んだ船舶機関(エンジン)の運転・保守や、船舶の航行に必要な計器類や航法について実践で学ぶことができる。

 

「ハタハタ」の定置網実習などの漁業実習=男鹿海洋高校提供

 

また、男鹿海洋校高校は校内に全国でも珍しい深さ10メートルの実習用プールを持っており、ダイビングの実習も行っている。こうした充実した実習体制があり、一級小型船舶操縦士や潜水士、二級ボイラ技士や潜水技術検定(Cカード)など、在学中に様々な資格取得を目指すことができる。

実際に海に出てのダイビング実習もある=男鹿海洋高校提供

 

こうした実践的な学びを重ねる同校の学生に、全国の注目が集まる。背景には、国が優先的に整備を進める再生可能エネルギー(以下、再エネと表記)の鍵を握る洋上風力発電事業で、その促進区域5カ所のうち3カ所に秋田県が選ばれたことがある。

「全国で一番注目されている高校です」

気候変動から世界的なカーボンニュートラル(脱炭素)が進むなか、日本政府も2050年の脱炭素社会実現に向け、再エネの比率向上を目指している。なかでも最も期待を集めるのが、洋上風力発電だ。洋上風力発電とは、海洋上に風力発電の設備を作り、海の上に設置された風車を風の力によって回転させて発電することを指す。再エネをはじめとする環境対策を成長の機会と捉える「グリーン成長」は、コロナ後を見据えた世界の潮流となっており、岸田文雄首相も日本の成長戦略の柱と明言している。

 

男鹿海洋高校の船木和則校長

 

船木和則校長はこう話す。

「本県沖で始まる洋上風力発電事業においては、全国で一番注目されている高校です。海運業界や港湾建設会社と連携・協力しながら多目的ハイブリッド起重船の乗組員、O&M(Operation&Maintenance)に必要な人材育成、そして風車設備の点検や修理を行うための作業員運搬船(Crew Transfer Vessel)の乗組員を育成していきます」

特に海洋科では、洋上で作業をする船に乗る国家資格「海技士」免許取得に向けた教育を強化している。ゼロカーボン社会の担い手を育成するとともに、洋上風力発電事業に関連したグリーンビジネス業界で貢献できる人材を育成する。

秋田県は洋上風力発電に関する事業で、発電施設の建設やメンテナンス、施設撤去などで新たに3万7597人の雇用が生まれ、県内経済効果は約3820億円に上るとの試算を公表しているが、その担い手が十分にいるわけではない。

「男鹿周辺の海域でも洋上風力発電事業が展開されています。すでに、関連業者の学校訪問が相次ぎます。船舶に関する知識や資格を持ち、ダイビングなどの技術を持った当校の学生に対する大きな期待を感じています。逆を言えば、当校でしか得られない学びがたくさんあります。県外からも広く、学生さんに注目して欲しいです」(船木校長)

県外から通う学生は現在2人だけだが、全国から積極的な学生募集を行っている。現時点で受け入れ実績こそないが、令和4年4月から、都道府県の枠を超えて地方の学校で学べる「地域みらい留学」の対象校に男鹿海洋高校も入った。「海の恵みをあなたの『みらい』に!」をキャッチコピーに、全国から海洋科と食品科学科の生徒を募集している。

地域みらい留学は一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォームが提供する公立高等学校進学の新しい選択肢で、その留学先は32道県90校にまで拡大している(2022年度)。他府県の高校生を受け入れ、地域の活性化を図ることなどが目的だ。

 

秋田県立男鹿海洋高等学校

「男鹿に学んで世界に羽ばたく生徒の育成」を教育目標には、男鹿の海とつながっている海岸線を持つ世界約160カ国で活躍できる社会人に成長して欲しいという願いが込められているという。秋田県男鹿市船川港南平沢字大畑台42