東京都下の定時制高校で人気のキャリア教育「ネガポジ流自己分析未来ワーク」とは何なのか。プログラムの開発者で、NPO法人若者就職支援協会創業者の黒沢一樹さんの寄稿です。

寄稿=黒沢一樹(NPO法人若者就職支援協会創業者)

定時制高校に「勤労学生」はもういない

食べることにも窮する極貧家庭の長男として、山口県に生まれました。父親は複数いて、姓は4回変わりました。きょうだいの詳しい数はわかりません。生活のために高校を入学式で辞め、塗装工やビアガーデンのホールスタッフ、板前にホストと、30歳になるまでに50以上の仕事に就き、30代で2度の廃業も経験しました。

そんな経験を活かし、学歴コンプレックスに悩む若者の力になれないかと、2008年に若者の就職支援事業を行うNPO法人「若者就職支援協会」(東京都足立区)を立ち上げました。近年は、私と同じ「中卒」になるリスクの高い定時制高校のキャリア教育に力を入れています。活動拠点は都内ですが、定時制高校に通う学生の姿がすっかり変わっています。

地域差はあると思いますが、都内に限って言えば、かつては勤労青年等に高等学校教育の機会を提供する場だった定時制高校に、働きながら学ぶ勤労青年の姿はほとんど見当たりません。いわゆるヤンキーといった元気のよい生徒も見かけません。代わりに目立つのが、中学からそのまま入学してくる貧困家庭の生徒です。

定時制高校には給食の制度がある学校が多いのですが、数百円の給食代が払えない生徒が多数存在します。ひとり親世帯や生活保護世帯の生徒が増えており、発達障害やいわゆるグレーゾーンの生徒、不登校だった生徒の姿が目立ちます。

また、昨今の特徴としては、外国にルーツを持つ生徒たちの姿が急増しています。普通科高校の入試は5教科で行われるため、彼らにはハードルが高い。そのため、入試が3教科で実施される定時制高校が受け皿になっているのです。

「夢を持とう!」と言っても、周囲にロールモデルがいない

出張授業をする際に、先生方と事前打ち合わせを毎回行うのですが、その時に必ず先生からこんな話がでます。

「うちの生徒はおとなしい」、「自信がない」、「やりたいことがない」。これは各校に共通しており、キャリア教育を提供する立場の我々も、頭を悩ませます。「未来に夢を持とう」と語りかけても、そのロールモデルが彼らの周りにはいません。貧困世帯になればなるほど、親やその周辺の人間関係を見渡しても、不安定な非正規労働者ばかりです。そうしたロールモデルばかりだから、「将来の夢はフリーター」という生徒がいるほどです。

中高年の勤労青年とともに学ぶ時代であれば、彼らから話を聞く機会があったかもしれませんが、先述の通り、教室内にもロールモデルはいません。アルバイトをしている学生も、そう多くはありません。貧困と言っても、食べることに困るようなレベルではなく、スマホは持てるレベルの「相対的貧困」です。スマホのなかに娯楽は溢れており、何かを買いたいとか、どこかに行ってみたいといった欲は強くありません。

東京都を中心に活動をするNPO法人若者就職支援協会(森智洋理事長)

そんな彼らに対して、どのようなアプローチをしていくのか。「ネガポジ流自己分析未来ワーク」です。「ネガポジ」は私の造語です。やりたいことや、自分のいいところをポジティブに考えるのではなく、ネガティブにやりたくないことや、自分の欠点などから自分を見つめ直すアプローチです。

自信がない生徒の多くは、過去にネガティブな体験を抱えており、物事を前向きに捉えることができません。やりたくないことや嫌だと感じる状態に陥らないための人生を考えることで、結果、ポジティブな未来を掴むきっかけを模索します。

飽きっぽい人は「好奇心旺盛な人」と変換

実際、どのように授業を展開しているのか。

まずは、ワークシートを使って、自分に対するネガティブなワードを書き出します。例えば「暗い人」「飽きっぽい」などの言葉が出てきますが、これをポジティブに変換します。暗い人であれば、「落ち着ている」、「よく考えている」。飽きっぽい人なら、「好奇心旺盛」などのポジティブな言葉に変換します。そうして、将来の目標設定を考えるきっかけを作ります。

「暗い人」ではなく、「落ち着ている、よく考えている」人なら、例えば製造業のように黙々と同じ作業を繰り返す作業をこなすことができるかもしれません。「飽きっぽい人」ではなく、「好奇心旺盛」な人なら、毎日同じ作業をする製造業より、現場が転々とする建設業のほうが向いているかもしれません。

これにはある種の「勘違い」や「思い込み」が必要ですが、ただやりたいことや夢から目標設定をするよりも、彼らには非常に効果的です。どうなりたかではなく、どうなりたくないか。残念ながら、親のようにはなりたくないといった声がよく聞かれます。だったら、就職活動を頑張って、とにかく正社員として頑張って働く……そうした目標を持てるだけでも大きな前進です。

「やりたいこと」を考えるのは難しい

例えば、こんな女子生徒がいました。やりたくない仕事を考えさせたとき、肉体労働は嫌だとなりました。ただ、彼女がイメージする肉体労働は、泥だらけになるような工事現場の仕事で、体を動かす仕事は嫌いじゃないと言います。

だったら、介護の仕事も肉体労働だけど、そうした仕事も嫌ですかと聞くと、人に喜んでもらえる仕事は好きだと。結果、彼女は介護系の専門学校への進学に向け、勉強を始めました。

進路指導では、生徒の意思を尊重することは大前提ですが、周囲にロールモデルのない彼らに「やりたいこと」を考えるのは難しい面もあります。逆に本人を追い詰め、さらに自信を失う結果になることもあります。逆転の発想で、何がやりたくないのか、どんな状況に陥りたくないのか、そうしたアプローチのほうが、彼らも目標設定を作りやすい。活動を通し、我々はそう実感しています。

※本記事は「高卒進路」2021秋号の掲載記事です

 

黒沢一樹(くろさわ・かずき)

1981年、山口県生まれ。NPO法人若者就職支援協会創業者。キャリアコンサルタント。2015年に『最悪から学ぶ世渡りの強科書-ネガポジ先生 仕事と人間関係が楽になる授業-』(日本経済新聞出版)を出版。都立高校のキャリア教育プログラムに「ネガポジ・メソッド」が導入される