高卒就職者のその後を追う連載ルポ。社会人になって8年目を迎える女性は、新卒で就職者した同級生は皆、離職していると話します。

編集部=澤田晃宏

【取材者データ】小川紀子さん(仮名・26歳)
職業:会社員 出身校&卒業年:大阪府内の公立高校(2014年3月)
年収:約360万円 婚姻状況:未婚

進学するなら、自分でお金を出しなさい

高校に入学して最初の試験だった中間試験の成績は、320人中、70位だった。「成績が落ちたら罰金1万円」。父にそう告げられた。

大阪市内の人材コンサルティング会社の事務職として働く小川紀子さん(仮名・26歳)が、高校時代を振り返る。

インフラ企業の管理職として勤務する父。経済的に苦しいわけではなかったが、小さな頃からお金には厳しかった。両親は中学1年生のときに離婚。父との生活が始まり、高校に入学するまでは月に1万円をもらって、自ら昼食と週末の食事をやりくりした。

高校に入ると、お小遣いはゼロになった。とはいえ、成績が落ちれば罰金がある。アルバイト三昧というわけにはいかない。レジ打ちのバイトで月に6万円程度稼ぎ、自身の生活を工面した。

高校3年生になり、進路選択を迫られた。父は言った。

「進学するなら、自分でお金を出しなさい」

関西の有名私大を目指せるレベルの学力水準にあった小川さんに、担任は進学を進めた。小川さんは、進学は考えていなかった。漠然と「公務員を目指します」と希望を伝えた。

「中学時代に『両親が離婚したら、子どもも離婚する』などと陰口を叩かれたことがあり、そんなことはないと見返したかった。母親が結婚した21歳で私も結婚したいと考えていました。当時、4つ年上の大学生の彼氏がいて、すぐに結婚するつもりでいました」

公務員を目指すと言ったのは、ただ先生と親の体面を保つためだ。

「本当は進学も就職もしようとしない私の本音を察して、父は自分の会社で働かせようとも考えていました。進学を進める担任、そして父を説得させるには『公務員を目指す』と言っておくのが最も楽だったのです」

3年以内に会社を辞めるのは社会不適合者

体裁を繕うためだけの公務員試験は、不合格だった。地方公務員試験の結果が出るのは12月。そこから現役での進学を目指すのは難しい。

小川さんにとっては悲観することではなかったが、父の会社に入社することだけは避けたい。初めて真剣に就職活動を始めた。

体力に自信のない小川さんは事務以外の仕事は考えなかったという

年が明けると、進路指導の担当教諭が、小川さんを含む進路未決定者をハローワークに連れて行った。情報の検索方法のレクチャーを受け、各自が仕事を探した。小川さんは自宅か彼氏の住む家の近辺を就業場所に選択し、職種に「事務」を選択し、求人情報を探した。検索画面に10数件の求人が表示された。

賃金などは特に目にせず、土日が休みである会社を探した。そのうちの一つに、「アットホームな会社」と自社を紹介する求人があり、学校を通して職場見学を申し込んだ。それが現在も働く大阪市内の人材コンサルティング会社だ。

「テレビや漫画などで描かれる姿から、事務の仕事は定時に帰れて、それほど仕事もきつくないというイメージがありました。職場見学で対応しくれた方がとても話しやすく、小さな会社で、確かにアットホームで、ここなら働けると思いました」

ただ、入社後から夏までは同社の繁忙期で、残業があり、出張もあった。夢見た「定時で帰れる楽な仕事」とはほど遠く、夏場には早々に退職が頭をよぎった。

「父から『3年以内に会社を辞めるのは社会不適合者だ』ときつく言われており、何とか我慢しようと思いました」

さらには、小川さんと同時期に新卒大学生として就職した彼氏が半年も経たずに離職。早々に結婚して退職するつもりだった計画に暗雲が垂れ込めた。

〝なぁなぁで働きたい〟という人が多い

結局、仕事に忙しい小川さんと職を失った彼氏の間には距離が生まれ、二人は別れた。小川さんの人生計画だった「21歳で結婚」もとん挫した。

ただ、入社後は続けられない、辞めたいと思った仕事も、やることは毎年大きく変わらない。最初は覚えることばかりで大変だったが、それもやがてルーティン化する。今年で入社8年目。繁忙期は残業をすることもあるが、高校時代に夢見た「それほど仕事がハードではない、定時で帰れる事務職」に近づきつつある。

「年間休日も120日程度あり、同世代と比べ、女性で高卒であることを考えると、賃金も少し高い水準にあると思います」

最初は覚えることばかりだが、続けるうちにルーティン化する

小川さんは大阪府内の普通科の公立高校の出身。同期約320名中、就職を選択したのは約20名。すべてを確認したわけではないが、就職した同期のなかで現在も新卒で入社した会社で働くのは小川さんだけだという。

「理由は人それぞれだと思いますが、アルバイトとは違い、責任やキャリアアップを求められることに疲れたといった理由が多いですね。私たちの世代……少なくとも私の周囲は高い賃金や職位などを求めず、アルバイトのような形で〝なぁなぁで働きたい〟という人が多い」

背景に、世代的な理由もあると話す。

「生まれたときからインターネットが身近にあるデジタルネイティブ世代で、上の世代より消費や出世欲などの意欲が弱いと思います。平日も自宅ではビデオ通話で友達と繋がっていて、わざわざ週末に出かけて出会うこともまれです。好きなアーティストのライブだって、今はネット配信があり、オシャレして外に出る必要はありません」

「失われた30年」と言われる低成長時代に生まれ育った彼らだが、デフレ経済下で必死で働かなくとも、適度に快適な暮らしは獲得できる。

小川さんは現在も、家賃として月に3万円を家に入れ、父親と、父の再婚者の子どもと暮らしている。一人暮らしをしたいが、家族の家事は任され、再婚者の子どももまだ小さい。

どんなときが幸せですかと問うと、小川さんはこう答えた。

「何も考えず、ゆっくり寝れるときですね。連休中だと、たまに家事も休めるので」

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