高校教員有志による高卒就職問題の研究会「TransactorLabo」(代表‧石井俊教諭)による新たな連載を始めます。連載開始を前に、高卒就職問題の解決に取り組む同会代表の石井教諭が、その思いを語ります。
寄稿=石井俊(TransactorLabo代表)
始まりは膨大な紙の求人票の処理
高卒就職問題に取り組み始めたきっかけは、前任の普通科高校で3年部主任になった2018年です。進学と就職の比率が6対4のいわゆる進路多様校で、ひと学年100人に満たない小さな高校でした。生徒たちの多様な進路志望に少ない教職員で対応しなければならず、一人の先生にかかる負担はかなりのものでした。
その年の7月1日は土曜日で、9人がかりで朝から晩まで作業しました。「高卒就職情報WEB提供サービス」(以下、高卒求人WEBと表記)で県内求人を検索し、そのうちの半分程度、目ぼしい求人票を選別し、プリントします。その数、約800件。当時はA4用紙3ページ。紙の枚数にして1600枚です。
その1600枚の紙に手書きでナンバリング。コピー機で「3クラス分」+「職員室」+「進路指導室」の5セットを作ると、紙数なんと8000枚!
もちろん手当も振休もなしの完全ボランティア。週が明けてからエクセルの目次作りにさらに2、3日費やします。
「今の時代、何だこのやりかた?」「何でこんなに大変なんだ?」「二度とやりたくない!!!」
後々、高卒就職問題には様々な側面があると知るのですが、こんなバカな作業は二度とやりたくないと思ったのが、私が最初に高卒就職問題に取り組もうと思ったきっかけでした。
就職指導担当者連絡協議会で覚えた違和感
2019年、私は進路指導主事になりました。5月連休明け、ハローワーク主催の「就職指導担当者連絡協議会」に参加しました。就職志望者が多くいる高校の進路指導主事が集められる会議です。
強い違和感を覚えたのは、前年度の離職率調査結果の話になったとき。ハローワークの方から「昨年度も離職率は30数パーセントでした」との報告があり、場が暗い雰囲気に包まれました。
どこかの先生から「申し訳ないです」的なコメントが出され、最後は「キャリア教育の一層の充実を図る必要がある」のようなコメントで締めくくられていたと記憶しています。
「何だこの、学校の責任を問うような雰囲気は?」
こんな強い違和感を持ちました。「早期離職率問題=辞める側の問題」という自動的な連想(こういうのをアンコンシャスバイアスと言います)に多くの人が縛られているのではないかという疑いと、若干の反発によるものでした。先生がたはどう思われるでしょうか?
ま、それはさておき、これまでの早期離職率についての議論には以下のような視点が欠けているように思います。
・今でも手一杯なのにこれ以上頑張らないといけないほど重要な問題なのか。むしろ当たり前と見なすことはできないのか。
・辞めたのは生徒(卒業生)だが、辞められたのは会社。辞められた企業側の問題を探る必要はないのか。
・生徒や学校以外に影響要素は他にないのか。
私はこのように考え、早期離職率について調べてみました。
上記は3年以内の中卒・高卒の離職率の推移ですが、私の第一印象は「あまり変わっていない」です。3割から5割に上る早期離職率は、高卒就職問題連絡協議会(毎年2月開催 厚労省・文科省・高校代表・経済界代表等が参加する会議)において、長い間議論の中心となっています。
「キャリア教育の充実」、「応募前職場見学制度」、「一人一社制慣行の見直し」、「複数応募制の導入」などの様々な施策は、全て早期離職率を下げることを目指したものだと言っても過言ではないでしょう。
しかし、そうした施策が大きな効果をもたらしていないのは何故でしょうか。この問題の改善を目指すならば、検証の視線は離職した側だけでなく、辞められた側にも向けるべきだ――私はこのように考え、求人側の実態を知ることを高卒就職問題研究の初期のテーマとしたのでした。
賃金と年間休日数で求人票の待遇の可視化に成功
「早期離職された側」に目を向ける……。学校現場にいる私ができる最良の手法は、求人票を見ることでした。紙を一枚一枚見ていては都道府県ごとの比較など何年かかるか分かりませんが、高卒求人WEBから求人票のダウンロードとデータベース化を自動処理するプログラムの開発に成功しました。それを利用して生まれたのがこの「待遇分析グラフ(通称「ドット分析図」)です。
グラフの縦軸は年間休日数、横軸は月給、点ひとつが一件の求人票を表しています。高卒求人WEBには指定求人の情報は入っていませんが、都道府県や業種別に調査をしました。1つ目のグラフは2020年8月時点で公開されていた岡山県高卒求人の全職種、2つ目は同時期の島根県高卒求人のうちの飲食宿泊業です。


こうして待遇が可視化されたグラフを見れば、目の前の求人票の待遇がどのような位置にあるのか、一目で判断することができます。生徒の求人票選びはもちろん、生徒に推薦できるかどうかのライン設定、つまり、先生の目を養う上でも非常に有効です。有名ではないけれど好待遇の企業や、逆に生徒に薦めてはいけない水準の企業を素早く見つけることができます。
このグラフから得られる情報は、採用難で困っている企業にとっても非常に有益だということも分かっています。進路指導室にいると、企業の採用担当者の方から「応募がないのはどうしてか?」と、よく質問されます。そんな時にこのグラフを示し、「御社の求人票はここですね。月給では平均あたりですが、休日数が5日少ない。今は求人倍率3倍ですので」。こんな話ができるのです。
求人事業者が他社の求人との比較値を知る術がない
厚生労働省が運営する高卒求人WEBは、ご承知の通り、求人事業者がアクセスすることができません。他社の求人票を見ることができないので、自社の求人条件が全体の中でどれぐらいの位置にあるのか知ることができません。このことが実はもっと大きな問題を引き起こしています。
求人側の実態調査を続けている間に、早期離職問題以外にもいろいろなことが見えてきました。中でも最大の問題は「市場として不健全であり、とくに若年層労働者が大きな不利益を被り続けている」ことです。そしてその原因は、先述の待遇分析グラフのような相場に関する情報があまりにも少な過ぎることです。
十分な情報と判断材料があれば、求職者・求人者ともに「自分にとって都合の良い方向に」判断を調整し、それぞれが行動を変化させます。それによる変動が適正に反映されるようであれば健全と言えますが、現在の高卒就職市場はそうではありません。
高卒就職希望生徒の稀少価値が急上昇したにもかかわらず、賃金は大きく増えることなく、いつまでも最低賃金ライン+1割~2割のまま……。この若者に不当な不利な状態を放置してよいわけはない。高卒賃金は全ての労働者の賃金体系のベースで、さらに最低賃金算出の重要要素の一つでもあります。
私たち高校教員の責務
少子高齢化による労働生産年齢人口割合の減少が加速する日本において、若年層の所得向上は喫緊の課題です。その失敗は国家システム全体の破綻を意味します。高卒就職問題の最大の問題は、早期離職率ではなく市場の不健全性、つまり相場情報の不足により賃金が上がりにくい構造にあります。この状態の改善がならなければ日本の未来は暗い。とても重大な問題なのです。
では、私たち高校教員は何をするべきでしょうか。究極的には、より良い支援を生徒たちに提供することに尽きますが、具体的には厚労省に対して求人情報提供のあり方の改善を求めることです。
以下のような改善がなされば、高卒就職市場は一気に健全化に動くでしょう。全然難しいことではなく、すぐにでもできることばかりです。
(1) 高校への求人票情報提供をデジタルデータベースを中心の形にする。
現在、提供している求人一覧表CSVデータを今の不完全なものではなく完全なものにするだけでよい。
(2) 求人票受け付け状況の発表を6月中から最低週1回の頻度で行う。
その発表は高卒就職情報WEB提供サービスの一般公開ページで行い、求人事業者がその情報に自由にアクセスできるようにする。内容は、求人件数・求人数・有効求人倍率・賃金平均値・年間休日数平均値、それを全職種および産業種別に集計する。ハローワークは求人データベースと求職者(就職希望高校生の)データベースの両方を所有しているのだから簡単にできるはずである。
(3) 高卒就職情報WEB提供サービスへのアクセス権をよりオープンにする。
最低限、保護者は自由に閲覧できるようにする。
いつ、誰だか不明ですが、厚労省の担当官の方が確かにおっしゃられたそうです。「多くの要望があれば検討する」とのこと。私は、この社会を今の問題山積みのまま若い世代に引き継きたくはありません。多くの先生がたが声を上げれば、状況は変わるはずです。