コロナ下で採用を抑制した宿泊・飲食・娯楽業などが積極採用に舵を切る。一方、修学支援新制度の始まりや、コロナ下の地元志向の高まりで就職者は減少。求人数がコロナ前の水準に戻ると、求人倍率は3倍を軽く超える。積極採用を再開する日本料理店を全国展開する「木曽路」や、全国でホテルを運営する「リブ・マックス」など、人事担当者の声から今年度の高卒採用動向を探った。

編集部=澤田晃宏

高校生は「黄金の卵」

求人倍率3.5倍――。
2023年卒の就活解禁を前に、そんな気配が漂っている。

コロナ前後の進路を見比べると、地元志向の高まりや修学支援新制度の影響により、就職者が減少。最新の22年卒を見ると、就職者数はコロナ前の20年卒より約3万1千人減の約13万8千人だ。現時点では決して理解が広がっているとは言えない修学支援新制度への認知が深まれば、就職者は今後も減少するだろう。

仮に、求人数がコロナ前の20年卒に対する求人数(48万4438人)まで回復し、求職者数が昨年並み(13万8328人・2021年9月末時点)だった場合、求人倍率は3・5倍になる。高校生はもはや「金の卵」どころか「黄金の卵」だ。高校生を「安い人材」としか見ない企業を見極め、学生を成長分野の優良企業に繋ぎ、日本経済底上げの一端を担う覚悟が進路指導現場に求められる。

「仮に」と書いたが、目下、円安と物価上昇というマイナス材料はあるが、海外ではマスクを外す動きが加速するなど、コロナ前の生活に戻りつつある。

3年ぶりに行動制限のないゴールデンウィーク初日となった4月29日、駅や空港は各地へ向かう人々で賑わいを見せた。ソフトバンクの子会社で位置情報ビッグデータ事業を展開するアグープによれば、午後3時時点の人手は昨年と比べ、東京駅は130・5%、名古屋駅は51・7%、大阪駅は189・5%増加した。

外国人留学生の帰国も影響

コロナの影響を大きく受けた業界では、新卒高校生の積極採用に乗り出す。なかでも「宿泊業・飲食サービス業」の積極採用への大転換が見込まれる。同産業の求人数は、コロナ前の2019年9月時点は2万7635人だった。翌20年は45・9%減の1万4943人。産業別に見ると最も落ち込み幅が大きかった。昨年も求人数1万3444人と落ち込んだ。

寿司・和食店を全国に展開する「がんこフードサービス」(大阪府大阪市)は、コロナ下の21年卒、22年卒の高卒採用を見合わせた。人材開発部長の高岡健さんはこう話す。

「インバウンド需要の減少と、密の回避から宴会がなくなり、大きなダメージを受けました。社員の雇用を守るため、泣く泣く新卒採用を断念しました」

ただ、昨年10月に大阪府下で緊急事態措置が解除されて以降は空気が変わったという。

「宴会はないものの、家族連れで賑わうなど、年末年始も忙しい状態が続きました。コロナ前は30人程度の新卒高校生の採用を行っていましたが、今年度から15人を目標に採用を再開したいと考えています」

しゃぶしゃぶ・日本料理店を全国に展開する「木曽路」(愛知県名古屋市)も、積極採用に舵を切る。昨年度は高卒採用を例年の半数に控えたが、今年度はコロナ前の水準である60人の採用を目指す。人事総務部の小田真帆さんはこう話す。

「今春は小規模ながら送別会や歓迎会の予約が見られ、世の中の変化を感じます。一方ではアルバイトの確保が難しく、新卒採用に力を入れたい。水際対策の緩和により、アルバイトとして飲食業の現場を支えた外国人留学生の帰国も相次ぎ、人手不足に拍車をかけています」

東証最上位のプライム市場に上場し、知名度も高い同社だが、採用への不安は大きい。

「店舗の大半は首都圏にあり、コロナ下では会社見学も敬遠され、学校の先生からは『飲食業は生徒にお勧めできない』と言われることもありました。調理と接客の2職種で募集をしていますが、接客職への応募はほとんどありませんでした」

小田さんはコロナ下の採用をそう振り返り、こう続けた。

「しゃぶしゃぶの持ち帰りを始めるなど、地域に根差したサービスを展開し、コロナ下でも雇用を守り、新規出店もした。同業種で店舗撤退が目立つなか、明日働く場所があるという安心、安全をアピールしたい」

ホテル・アパレル業界も復活

飲食業同様、コロナによる密の回避と入国制限によるインバウンド需要減少の影響を大きく受けたのが宿泊業界だ。全国でホテルを運営する「リブ・マックス」(東京都港区)は積極的な高卒採用を行ってきた。コロナ前は新卒社員150人のうち、半数以上が高卒だった。

人事総務部の岡萌香さんはこう話す。

「高校生は素直で、成長したいという意欲が強く、採用では大卒より力を入れてきた」

だが、コロナの影響を受け、21年卒の採用は白紙に。今年に入りビジネスパーソンの出張利用が戻りつつあることから、22年卒採用を再開。今年1月から新卒高校生4人を採用した。日本社会は徐々にだがコロナ前の経済活動を取り戻しつつあり、高校の進路指導現場もそれに気が付いている。

「今年は募集ありますか?」

新年度を迎え、同社人事総務部に学校の先生から電話が入ることも少なくないという。

「ホテルのフロント業務と当社が展開するマンスリーマンションの営業職、不動産賃貸事業の三職種で、コロナ前の水準の100人を目指して採用したい。高校生は応募があれば、いつでも受け付けます」(岡さん)

今年度に入り、「コムサ」、「コムサイズム」などの婦人・紳士・子ども服ブランドを全国展開する「ファイブフォックス」(東京都渋谷区)の人事部にも、高校の進路指導室から問い合わせの電話が入る。アパレル職は高校生の人気職だが、コロナ下の2年間、求人は激減した。

同社は年間の新卒採用人数の約6割は高卒と、新卒高校生の採用に力を入れている。同社人事部の辻寿貴課長はこう話す。

「高校生は学びたいという意欲が強く、素直な気質と相まってポテンシャルの高さを感じます」

そんな同社も、コロナ下では新卒採用にブレーキをかけ、大卒、専門卒と共に高卒採用も抑制した。今年度はコロナ前の水準とはいかないまでも、新卒高校生50人程度の採用を予定しているという。

「コロナ下では店舗の営業ができず、入社と同時に自宅待機という状態もありました。経済活動が正常化しつつあり、再び高校生の積極採用をしていきたい」

そう、辻課長は話す。コロナの影響で学校訪問を控え、代わりに実施したオンラインの会社説明会は今年度も実施する。

「選考希望者には必ず参加していただいております。求人票では伝わらない情報や、実際に働く社員への質疑応答は好評です」

初任給が破格の約23万円

パチンコを中心に総合レジャー業として全国展開する「マルハン」(東京都千代田区)は21年に「カンパニー制」を導入。カンパニー制とは、社内の事業をそれぞれ独立した会社として扱い、意思決定に柔軟さと速さを持たせ、独立採算制で業績を明確にする経営スタイルだ。

高卒採用を行うのは、そんな同社の北海道・東北・中部地区などを管轄するマルハン「北日本カンパニー」だ。人材開発部の山下直美さんが話す。

「マルハンの新卒採用は、東京、大阪での大卒を中心とした母集団形成ですが、北日本カンパニーが管轄するエリアでは進学や就職のタイミングで地元を出る若者が多く、若年層の人材獲得が難しい状況にあり、新卒高校生の採用を強化しています」

パチンコは求人数を落とした娯楽業に分類されるが、コロナの影響は受けず、22年卒は高校生40人を採用したという。同社の初任給は学歴による差はなく、高卒でも22万8925円。年間休日は116日と、同社が採用に力を入れる北海道、東北エリアでは破格の待遇だ。

ただ、学校の進路指導現場のパチンコに対するイメージは決して良くはないと山下さんは話す。

「22年卒は目標通りの人数を採用することができましたが、今年度はわかりません。コロナ下で接客業の求人が減った分、当社を選んでくれる高校生が増えた一面もあると思いますが、今年度からは飲食や他のサービス業が高校生の積極採用に切り替えています」

問われる進路指導現場の手腕

コロナ下でも積極採用だった業界の採用意欲は変わらない。なかでも、製造業や建設など、若手の労働者確保を海外に頼る業界の人手不足感は強い。技能実習生の新規入国者数は、コロナ前の約18万9千人(19年)から、翌20年は約8万4千人、翌々21年は約2万3千人に激減。水際対策を緩和し、入国が再開しているが、以前のようなペースでの受け入れは難しい。

コロナ下で新卒高校生に対する求人数が前年比20・3ポイント減となった21年卒も、最終的な求人倍率は2・64倍という完全な「売り手市場」だった。

本稿の通り、今年度はコロナ下で落ち込んだ求人が大幅に回復する見込みだ。膨大な選択肢のなかから、いかに生徒の希望を聞き出し、成長産業・企業へ繋げられるのか。進路指導現場の手腕が問われる。
※本記事は「高卒進路」2022夏号の掲載記事です